次男が難病にその3 治療開始 詳細と経過

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前回の記事 ↓ の続きです。

 

aimiastrology.hatenablog.jp

 絶望から希望へ

突然IgA腎症と診断された次男。

入院した病院の治療法に疑問を持ち病院探しを始め、

やっと安心して任せようと思える先生に出会いました。

T大学病院のI教授です。

病気が発覚し入院したのが5月下旬、1か月弱の入院で退院したのが6月中旬。

その後学校にも通うことが出来るようになり、少しずつ日常が戻ってきていましたが、

T大学病院の初診が8月で、また入院生活が始まると思いきや、

まさかの嬉しい通院治療となり、我が家には明るい希望の光が差し込み活気付きました。

次男は夏休みを謳歌し、新学期が始まると運動会の練習に励む毎日。

あの突然の入院、そして生検で診断を受けた時、

こんなに運動会にハツラツと取り組む次男を誰が想像したでしょう。

競技で「ソーラン節」をみんなで踊る次男を見て、本当に涙が止まりませんでした。

いよいよステロイド治療開始

そんなありがたくも嬉しい日々を過ごし、いよいよステロイド治療が開始される日がやってきました。

ステロイド服用は通院で出来る量といっても、やはり感染など心配になるので

家の中や車の中は念入りに掃除しました。

いよいよ服用となると、急激にどうこうというのはありえない事ですが、必要以上に緊張しました。

まずは「ステロイド剤20㎎とACE阻害薬」から始まり、徐々に減薬し免疫抑制剤と併用、

その後は免疫抑制剤のみでステロイドは中止になる予定ですが、

その加減は効果の状況(尿の結果)を見ながらの調整になるとの事。

どうか、ステロイドの効果が出て、順調に減薬する事が出来ますように・・・

そして副作用はなるべく起こりませんように、と毎日祈る気持ちでした。

色々と予習はしていたものの、食欲亢進とムーンフェイスは強く出現しました。

何しろ、お腹が空いてしょうがないようで、ご飯をモリモリ食べてました。

そのせいでの体重増加もあったでしょうが、顔はどんどん丸くなり

その時はあまり感じなかったのですが、あとから写真を見ると相当顔が変わってました。

でも本人は全然気にしていない様子。

これが思春期だったら、辛かったかもしれませんが・・・

それから、持久走大会ではもの凄いパワーで力走し上位でゴールしました。

これはまさに「ドーピング」状態ですね。

この時以降、上位に入る事はなかったです。

そして身長の方は、やはりステロイドを服用している間、1ミリも伸びませんでした。

ひたすら横にだけ、伸びていた時期です。(笑)

ステロイドを中止した途端、すごい勢いで伸び始めましたが。

 

治療の結果、ついに・・・

2か月半、ステロイドを減薬しつつ服用した結果、

尿たんぱくが(+-)から遂に(-)に!

この後、「ステロイド・免疫抑制剤・ACE阻害薬」を併用し、8か月後にはとうとうステロイド中止。

「免疫抑制剤とACE阻害薬」の服用が2か月、その後免疫抑制剤中止ACE阻害薬のみになり、

5か月後には「ACE阻害薬」も中止になり、薬は全て終了となりました。

尿たんぱくは(-)が続いていたものの、血尿は(+)~(+-)となかなか(-)にならず、I教授からも

「血尿は残っちゃうかもね」と言われていましたが、

服薬完全中止から1年3か月後、血尿も(-)となり以降、

尿のデータは全くの正常状態に。

I教授も大変喜んでくれて、

「本当に良かった!」と喜びを一緒に分かち合いました。

次男も「俺治ったの?」と目をキラキラさせ・・・

病気発覚後、ちょうど3年が経過した時でした。

最後に通院したのは病気発覚から5年後で、その後は学校検診や会社健診でも異常になる事もなく、お陰様で無事に過ごしています。

これは本当に、周囲の人にも驚かれました。

発病当時、学校のママ友にも「治らない病気なんでしょう?」と言われたり、

学校の参観日には次男の闘病中の手紙を読み上げられたり(私にはキツかった)、

必要以上にナーバスになり、辛い事の連続でした。

発病し入院した病院に来るまで通いましたが、帰る時には泣きながら車を走らせ、

当時よく聞いた

「ホタル」(スピッツさん)「Secret of my heart」(倉木麻衣さん)

は今でも涙なしには聴けません。

特に「Secret of my heart」にある歌詞で

「諦めるくらいなら信じて」という言葉には、本当に励まされました。

 

闘病で何を得たか

この次男の闘病で、私たち夫婦にも色々な事を学ばせて頂きました。

何となく夫婦間も上手くいかないような時期で、このままでいいのか?と漠然と思っていた日々でしたが、

次男の病気発覚後、一致団結せざるを得なくなり、

夫婦がお互いに次男の病気を治そう!と手を取り合う事が出来ました。

その頃長男は中学受験真っ最中で、私が次男にかかりきりになってしまい不安定になってしまい、しっかり者と思い込んでいた長男に改めて向き合うことに。

やはり子供の心というのは非常に敏感です。

いつも私の事など眼中になさそうな長男が、学校の先生に

「お母さんは弟の事しか可愛くないんだ」と言ってたと聞き驚きました。

やがて中学受験も佳境に入り不安もありましたが、次男の状況が落ち着いて来たため

私も今度は長男の受験に全力投球する事が出来ました。

何より次男が病気になった事が、長男の将来に影響を与えました。

「将来医者になって、弟の病気を治す」と言い出したのです。

これはたまたま一緒に中学受験の塾に通ったお友達の影響(お兄さんが医学部合格)もあったのでしょうが、卒業式の「呼び掛けの言葉」でも

その様なセリフを先生から頂き、その練習用のメモをたまたま見て知ってしまった時には涙が止まりませんでした。

(卒業式当日は、参列者のご父兄のイビキで感動台無しでしたがw)

そしてその後、長男はその夢を果たしたのでした。

今こうして次男の闘病記をごく軽い感じで書いてみましたが、

まだ本当は病気の事がすごく心配です。

手放しで喜ぶ、つくづくよかったな~と思うって事ではありません。

この記事を書くこともハードルが高かったです。

良かった!と思ったのは間違いありませんが、晴れ晴れとした気持ちではないですね。

親としては、まだまだ、いつまでも心配は尽きないものです・・・

続きます

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